ギリシャ神話の地図
ディオニュソス父アプロディテ母ヘスティア逃げた女神サテュロス宴の仲間
プリアポスの姿で表した「秋」の擬人像。上半身が人、下が柱になった大理石の像。ピエトロ・ベルニーニの作。

プリアポス

Πρίαπος神

プリアポスの姿で表した「秋」の擬人像。上半身が人、下が柱になった大理石の像。ピエトロ・ベルニーニの作。 『プリアポスの姿をした「秋」(対の一方)』 ピエトロ・ベルニーニ 1616〜17年 メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0)

わしはかつて、イチジクの木の幹だった。何の役にも立たない木切れだ。大工は、腰掛けにしようかプリアポスにしようかと迷ったあげく、神のほうを作ることにした。それで、わしは神になった。

ローマの詩人ホラティウスの詩に、庭に立つ木の神がこうして身の上を語りだすものがある。右手と、腰から突き出た赤い棒で泥棒をこらしめ、頭に挿した葦で鳥を追い払う。泥棒と鳥にとって、何より恐ろしい神なのだという。これがプリアポス。大きな男根をもつ姿で庭や畑に立ち、実りを守った神だ。英語の医学用語で、止まらない勃起を意味する priapism も、この神の名から来ている。

畑の片隅に立つこの小さな神が、どこから来て、どんな話を残したのか、順に見ていこう。

プリアポスは、古い神ではない。1世紀初めの地理学者ストラボンは、プリアポスが神とされたのは後の時代のことで、ヘシオドスでさえ彼を知らない、と書いている。実際、ホメロスの『イリアス』『オデュッセイア』にも、ヘシオドスの『神統記』にも、その名は出てこない。

彼がとりわけ敬われたのは、ヘレスポントス海峡に面した町ランプサコスだった。2世紀の旅行家パウサニアスによれば、プリアポスは山羊や羊が草をはむところや、蜂が群れるところで祀られたが、ランプサコスの人々は、ほかのどの神よりもこの神を敬い、酒の神ディオニュソスと愛の女神アプロディテの子だと言っていた。歴史家ディオドロスは、この親子関係にもっともらしい理屈を添えている。酒に酔うと、人の体は愛の喜びに向かいやすくなるからだ、と。ストラボンは、あたりの土地がぶどうに恵まれていたことを、この神が祀られた理由のひとつに挙げている。

ディオドロスによれば、人々は町の神殿だけでなく、田舎のぶどう畑や庭にもこの神の像を立てて番をさせた。大切なものに悪い呪いをかける者を、罰してくれるというのだ。ディオニュソスの祭りでも、ほかの多くの神々の祭りでも、この神は笑いと戯れのなかで迎えられた。ローマの詩人ウェルギリウスも、蜂を飼う庭には、柳の鎌を手に泥棒と鳥を見張る、ヘレスポントスの神を置け、と書いている。

そんなプリアポスは、神話の中ではたいてい笑いものになる。ローマの詩人オウィディウスが、ローマの祭りの由来を語った『祭暦』に、こんな話がある。ギリシャで開かれたディオニュソスの祭りに、山野の神々やサテュロス、ニンフたちが集まった。年老いたシレノスは、ロバに乗ってやって来た。宴に集まったニンフのなかで、プリアポスが夢中になったのは、ロティスというニンフだった。しきりに合図を送ったが、ロティスは笑って相手にしない。

夜になり、みなが酒に酔って眠りこむと、プリアポスは息を殺し、つま先立ちで、草の上に眠るロティスに忍び寄った。いよいよというとき、シレノスのロバが、とんでもない声でいなないた。飛び起きたロティスはプリアポスを突きのけて逃げ出し、森じゅうが目を覚ました。月明かりの下、みなの前にさらされたプリアポスは、大笑いの種になった。鳴いたロバは、命でつぐないをすることになる。ロバがプリアポスへの捧げものとされるのは、このためだという。

オウィディウスは同じ作品で、ほとんど同じ失敗をもう一度書いている。今度の相手は、かまどの女神ウェスタ(ギリシャのヘスティア)だった。神々の母キュベレが、イダ山で宴を開いたときのこと。草の上でぐっすり眠るウェスタに、プリアポスが忍び寄る。ニンフと思ったのか、ウェスタと知っていたのか、それは分からない、と詩人は言う。ところがまたしてもシレノスのロバが鳴き、女神は飛び起き、プリアポスは集まってきた神々の手をかいくぐって逃げた。ランプサコスでは、この動物をプリアポスに捧げるのがならわしだった。ローマのウェスタの祭りの日に、ロバがパンの首飾りで飾られるのは、女神がこの恩を忘れていないからだという。

オウィディウスは『変身物語』で、ロティスの話に別の結末も伝えている。プリアポスのみだらな思いから逃げたロティスは、人の姿を失い、水辺に咲くロートスの木に変わった。名前だけは、もとのままだったという。

泥棒を震えあがらせる畑の番人でありながら、恋ではいつも間の悪いところで恥をかく。プリアポスは、ギリシャとローマの人々が、笑いながら身近に置いた神だった。

プリアポスから逃れて、木に変わっていくロティス。16世紀イタリアのエッチング。
プリアポスから逃れて、木に変わっていくロティス。16世紀イタリアのエッチング。『プリアポスとロティス(ウィルトン・アルバム 10葉表)』 16世紀イタリアの作者不詳 1530〜50年ごろ メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0)

この物語の出典: ディオドロス(シケリアの)『歴史叢書』、ホラティウス『風刺詩(サトゥラエ)』、ウェルギリウス『農耕詩』、オウィディウス『祭暦』、オウィディウス『変身物語』、ストラボン『地理誌』、パウサニアス『ギリシア案内記』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』

この物語の人々

こういう風にも語られている

パウサニアスによれば、ランプサコスの人々はプリアポスをディオニュソスとアプロディテの子と呼んだ。ディオドロスも古人の神話としてこの親子関係を伝え、酒に酔うと体が愛の喜びに向かいやすいから、というもっともらしい理由を添える。

ディオドロス(シケリアの)『歴史叢書』 前1世紀後半、パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

ストラボンは、プリアポスが「ディオニュソスとニンフの子」と呼ばれていたことを、ぶどうの豊かな土地の人々がこの神を敬った理由のひとつとして挙げる。

ストラボン『地理誌』 1世紀初頭

オウィディウス『祭暦』では、ギリシャのディオニュソスの祭りに集まったニンフのうち、プリアポスはロティスに恋をするが相手にされない。夜、眠るロティスに忍び寄ったところ、シレノスを乗せてきたロバが鳴き、ロティスは彼を突きのけて逃げ、プリアポスは月明かりの下で皆の笑いものになった。ロバが田野の番人プリアポスへの生贄とされるのはこのためだという。

オウィディウス『祭暦』 8年頃(未完)

オウィディウス『変身物語』では、ロティスはプリアポスのみだらな思いから逃れるうちに、名前だけを残して水辺の木(ロートス)に変わる。ドリュオペがその花を摘んだときに血がしたたる話の中で語られる。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

ローマ以後の語り

パウサニアスによれば、プリアポスは山羊や羊の放牧地や蜂の群れのいるところで祀られ、ランプサコスではほかのどの神よりも敬われた。ストラボンは、ヘレスポントス沿岸(プロポンティス)の町プリアポスはこの神にちなんで名づけられたとし、その崇拝はコリントス近くのオルネアイから移されたという説も記す。

ストラボン『地理誌』 1世紀初頭、パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

ホラティウスの風刺詩では、エスクイリヌスの庭(もとは貧しい人々の共同墓地)に立つイチジクの木のプリアポス像が語り手になる。腰掛けにするか神にするか迷った大工に神にされ、泥棒と鳥を追う番人となったが、夜ごと骨や薬草を集めにくる魔女カニディアたちには手を焼く。最後に、像は乾いたイチジクの尻が裂けるほどの音をたてて放屁し、魔女たちは入れ歯やかつらを落として町へ逃げ帰る。

ホラティウス『風刺詩(サトゥラエ)』 前35年ごろ・前30年ごろ

『祭暦』6巻では、神々の母キュベレがイダ山で開いた宴で、眠っていたウェスタ(ヘスティア)にプリアポスが忍び寄るが、シレノスのロバが鳴いて女神が目を覚まし、プリアポスは逃げ去る。詩人は、相手をニンフと思ったのかウェスタと知っていたのかは分からない(本人は知らなかったと言う)とする。ランプサコスではロバをプリアポスに捧げ、ローマのウェスタの祭りではロバにパンの首飾りをかける、と由来を説く。

オウィディウス『祭暦』 8年頃(未完)

英語の医学用語 priapism(病的に続く勃起)は1620年代から使われ、後期ラテン語 priapismus、ギリシャ語 priapismos を経て、男性の生殖力の神プリアポスの名にさかのぼる。etymonline は、プリアポスの名そのものの由来は不明とする。

ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)

もっと詳しく

ストラボンは、プリアポスが神とされたのは後の時代の人々によってで、ヘシオドスでさえ彼を知らない、と書く。ホメロスの『イリアス』『オデュッセイア』、ヘシオドス『神統記』にも名は出てこない。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃、ヘシオドス『神統記』 前700年頃、ストラボン『地理誌』 1世紀初頭

ディオドロスによれば、人々は町の神殿だけでなく田舎でもぶどう畑や庭にプリアポスの像を立てて番をさせ、よいものに呪いをかける者を罰する神とした。ディオニュソスをはじめ多くの神々の祭りで、笑いと戯れのうちに迎えられた。ウェルギリウスは、蜂の庭に、柳の鎌で泥棒と鳥を見張るヘレスポントスのプリアポスを置けと勧める。

ディオドロス(シケリアの)『歴史叢書』 前1世紀後半、ウェルギリウス『農耕詩』 前29年頃

ディオドロスは、エジプト人の伝えとして、ティタンたちに殺されて体を分けられたオシリスのうち、川に投げ捨てられて見つからなかった男根を、イシスが神として祀らせたのがプリアポスの起こりだ、という説も記す。

ディオドロス(シケリアの)『歴史叢書』 前1世紀後半

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ディオドロスは、この神をイテュパロス、テュコンと呼ぶ人もいると書く。ストラボンは、プリアポスをアッティカのオルタネ、コニサロス、テュコンといった神々に似ているとする。

ディオドロス(シケリアの)『歴史叢書』 前1世紀後半、ストラボン『地理誌』 1世紀初頭

テオクリトス『牧歌』第1歌では、牧人たちが泉の女神たちとプリアポスの像の向かいに腰を下ろして歌う。歌の中では、恋に苦しんで死にかけた牛飼いダプニスのもとへプリアポスもやって来て、なぜやつれているのかと声をかける。

テオクリトス『牧歌(エイデュリア)』 前3世紀前半

今の言葉に残る

プリアピズム(持続勃起症) / priapism性的な興奮とは関係なく、長い時間勃起が続いてしまう病気を、医学の言葉で持続勃起症、英語で priapism という。多くは痛みを伴い、白血病や腫瘍などほかの病気の一症状として現れることも多い。この名は、庭や畑を守る豊穣の神プリアポスから来ている。プリアポスは大きな男根を持つ姿で表される神で、語源辞典によれば、ギリシャ語にはその名から作った「みだらにふるまう」という動詞まであり、そこから病名が生まれた。英語では1620年代から使われている。

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このページの出典(12件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  3. 前700年頃ヘシオドス『神統記』
  4. 前3世紀前半テオクリトス『牧歌(エイデュリア)』
  5. 前1世紀後半ディオドロス(シケリアの)『歴史叢書』
  6. 前35年ごろ・前30年ごろホラティウス『風刺詩(サトゥラエ)』
  7. 前29年頃ウェルギリウス『農耕詩』
  8. 8年頃(未完)オウィディウス『祭暦』
  9. 8年頃オウィディウス『変身物語』
  10. 1世紀初頭ストラボン『地理誌』
  11. 2世紀パウサニアス『ギリシア案内記』
  12. 2001年〜(2026年9月閲覧)ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』