出典 · 古拙期(ヘシオドス・叙事詩圏)
キュプリア
作者不詳(スタシノスに帰される) · 前7世紀頃 · Cypria
叙事詩環。トロイア戦争の前史(パリスの審判、ヘレネ誘拐、アウリス)を扱う。プロクロスの要約と断片のみ現存。
日本語訳: 中務哲郎訳『ホメロス外典/叙事詩逸文集』京都大学学術出版会(西洋古典叢書 G113)、2020。プロクロス梗概と断片の訳を収める
この出典が語っていること
アガメムノン
- 関係: parent → iphigenia (『キュプリア』要約、『アガメムノン』184-249。ホメロスには登場しない)
- 関係: participated_in → aulis (『イリアス』2.303-330、『キュプリア』要約)
アルテミス
- アウリスで艦隊を足止めし、アガメムノンの娘イピゲネイアの犠牲を要求した。『イリアス』にはこの話は無く、失われた叙事詩『キュプリア』の梗概と悲劇に見える。 (『キュプリア』梗概(プロクロス)。エウリピデス『アウリスのイピゲネイア』1578-1612 では最後に鹿とすり替えられる)
- 関係: enemy → agamemnon (『キュプリア』梗概。アガメムノンが鹿を射て自慢したことに怒り、アウリスで艦隊を止めた)
アウリス
- 『キュプリア』の要約では、アガメムノンが鹿を射て「アルテミスにも勝る」と豪語したために女神が怒り、逆風で船を出させなかった。カルカスが原因を告げ、イピゲネイアの犠牲を命じる。 (『キュプリア』要約(プロクロス))
- 関係: participated_in → artemis (『キュプリア』要約。アルテミスの怒りが嵐の風を送り、出航を阻む)
カルカス
- アウリスでの逆風の原因をアルテミスの怒りと見抜き、イピゲネイアの犠牲を命じる役。『キュプリア』要約とアイスキュロス『アガメムノン』がこの役を与えるが、ホメロスは彼にこの役をさせていない。 (『キュプリア』要約(プロクロス)、『アガメムノン』198-204)
- 関係: enemy → iphigenia (『キュプリア』要約、『アガメムノン』198-204。犠牲を命じる)
- 関係: participated_in → aulis (『イリアス』2.322-330 の予兆解き、『キュプリア』要約)
エリス
- ペレウスとテティスの婚礼でヘラ・アテナ・アプロディテの間に美をめぐる争いを起こした、というのが失われた叙事詩『キュプリア』の梗概の伝えるところ。ただし梗概には「金の林檎」は出てこない。 (プロクロスによる梗概。争いの発端としてのエリスの言及はここが最も古い層)
- 関係: participated_in → wedding-of-peleus-and-thetis (『キュプリア』梗概(プロクロス)。婚礼の席でヘラ・アテナ・アプロディテの間に美をめぐる争いを起こした)
- 関係: participated_in → judgment-of-paris (『キュプリア』梗概。アポロドーロス摘要 3.2 ではゼウスがヘルメスに三女神をイデ山のアレクサンドロス(パリス)へ導くよう命じる)
- 関係: enemy → thetis (『キュプリア』梗概。テティスの婚礼が舞台)
黄金の林檎
- 叙事詩環『キュプリア』の現存する要約に、林檎は出てこない。ペレウスの婚礼にエリスが現れてヘラ・アテナ・アプロディテの間に「誰が最も美しいか」の争いを起こし、ゼウスの命でヘルメスが三女神をイダ山のアレクサンドロスのもとへ導く、と書かれるだけである。ヘラとアテナの贈り物も出てこない。 (プロクロス要約)
ヘレネ
- 母は女神ネメシス。ゼウスから逃れるため雁に姿を変えたネメシスに、白鳥となったゼウスが交わり、ネメシスが産んだ卵をレダが預かって育てた。 (『キュプリア』断片(アテナイオス 8.334b-d)、アポロドーロス 3.10.7「一説には」)
- 関係: abducted_by → paris (『イリアス』3.443-446 でパリスが航海を回想。経緯は『キュプリア』要約)
イピゲネイア
- 犠牲の話は『キュプリア』の要約(プロクロス)にすでにある。アガメムノンが鹿を射て「アルテミスにも勝る」と豪語したため女神が嵐の風を送って出航を阻み、カルカスが犠牲を命じる。アキレウスとの結婚を口実に娘が呼ばれるが、アルテミスは祭壇の上で鹿とすり替え、彼女をタウロイの地へ移して不死にした。鹿の身代わりはエウリピデスの発明ではなく、この段階で既にある。 (『キュプリア』要約(プロクロス))
- 関係: child → agamemnon (『キュプリア』要約、『アガメムノン』184-249)
- 関係: courted_by → achilles (アキレウスとの結婚を口実に呼び寄せられた。本人の同意のない、名前だけの縁談だった)
- 関係: enemy → calchas (犠牲を命じたのはカルカス)
- 関係: participated_in → aulis (『キュプリア』要約)
パリスの審判
- 『キュプリア』の要約では、エリスが女神たちの争いを起こし、ゼウスの命でヘルメスが三女神をイダ山のアレクサンドロスのもとへ導く。アレクサンドロスはアプロディテが約束した結婚に唆されて彼女を選ぶ、と短く記される。 (プロクロス要約)
- 関係: participant → hermes (ゼウスの命で三女神をイダ山へ導く)
- 関係: participant → eris (要約では女神たちの争いの発端を作る)
レダ
- 『キュプリア』の伝えるもう一つの形では、卵を産んだのは女神ネメシスで、レダはそれを預かって育てただけになる。この場合レダはヘレネの生みの母ではない。 (『キュプリア』断片(アテナイオス 8.334b-d)、アポロドーロス 3.10.7「一説には」)
ネメシス
- 『キュプリア』の断片では、髪の美しいネメシスがゼウスに無理に交わらされてヘレネを産んだと歌われる。ネメシスは「父」であるクロノスの子ゼウスと交わるのを恥じて、陸を、海を、オケアノスの流れを越えて逃げ、魚やさまざまな獣に姿を変えたが、ゼウスは追い続けた。 (アテナイオス『食卓の賢人たち』8.334b 所引の断片)
- 関係: lover → zeus (『キュプリア』断片(アテナイオス 8.334b 所引)。アポロドロス 3.10.7 では鵞鳥に化けたネメシスに白鳥に化けたゼウスが交わる)
- 関係: parent → helen (『キュプリア』断片(アテナイオス 8.334b 所引)。アポロドロス 3.10.7「ある人々は」。パウサニアス 1.33.7 ではレダは乳母として育てただけとする)
ネオプトレモス
- 「ネオプトレモス」は「新しい戦」とも「若くして戦う者」とも読める名。パウサニアスは『キュプリア』に拠って、リュコメデスが付けた名はピュロスで、ポイニクスが「アキレウスが若く(ネオス)して戦に出たから」ネオプトレモスと名づけたと伝える。ホメロスは一貫してネオプトレモスとしか呼ばない。 (10.26.4。パウサニアスが『キュプリア』の記述として引く)
パリス
- 審判の詳細(三女神がそれぞれ権力・武勇・最も美しい女を約束し、パリスがアプロディテを選ぶ)は『イリアス』の外で語られる。『キュプリア』要約、エウリピデス、アポロドーロス、オウィディウスと繰り返し語り直された。 (『キュプリア』要約(プロクロス)、エウリピデス『トロイアの女』924-937、アポロドーロス摘要 3.2、『名婦の書簡』16(パリスからヘレネへ))
- 関係: abducted → helen (『イリアス』3.443-446 でパリス自身がスパルタから連れ出した航海を回想。経緯は『キュプリア』要約)
プロテシラオス
- 殺したのが誰かは出典で違う。『イリアス』は「ダルダニアの男」とだけ言って名を伏せるが、『キュプリア』の要約ではヘクトルが討ったとされる。無名の一兵が後代に最大の英雄に置き換わった例。 (『イリアス』2.701 / 『キュプリア』要約(プロクロス))
- 関係: killed_by → hector (『キュプリア』要約(プロクロス)は、上陸を阻むトロイア勢の中でヘクトルが討ったとする。『イリアス』2.701 は「ダルダニアの男」とだけ言う)
テミス
- 叙事詩『キュプリア』の梗概(プロクロス)は、ゼウスがテミスと相談してトロイア戦争を起こす計画を立てるところから始まる。 (プロクロス『文学便覧』による梗概の冒頭)
- 関係: participated_in → trojan-war (プロクロスの梗概の冒頭「ゼウスはテミスと相談してトロイア戦争を計画する」)
テティス
- 関係: participated_in → wedding-of-peleus-and-thetis (『キュプリア』梗概。この婚礼の席でエリスが争いの種を蒔く)
- 関係: enemy → eris (『キュプリア』梗概。自分の婚礼に争いを持ち込まれた)
トロイロス
- 叙事詩環の『キュプリア』要約に、アキレウスがトロイロスを殺したと記される。古代の壺絵では、泉で水を汲む場面をアキレウスに待ち伏せされ、アポロンの神域まで追われて殺される少年として繰り返し描かれた。 (『キュプリア』要約。『アエネイス』1.474-478 はカルタゴの壁画として、戦車に引きずられる若いトロイロスを描く)
- 関係: killed_by → achilles (『キュプリア』要約にアキレウスがトロイロスを殺したとある)
トロイア戦争
- 発端から帰還までは「叙事詩環(エピック・キュクロス)」と呼ばれる一群の詩が埋めていた。『キュプリア』(発端〜開戦)、『アイティオピス』(アキレウスの死)、『小イリアス』(武具争い〜木馬)、『イリオスの陥落』(落城)、『帰還』(諸将の帰路)、『テレゴネイア』(オデュッセウスの後日談)。いずれも散逸し、プロクロスの要約と断片からしか内容が分からない。「よく知られた話」の多くが、実はこの失われた詩の要約に由来する。 (プロクロス『文学便覧』の要約)
- 発端はパリスの審判とヘレネの連れ去りとされるが、『イリアス』が審判に触れるのは24.25-30 の一箇所だけで、それも「パリスが自分の館で三女神に判定を下した」と短く回想されるにすぎない。有名な発端のほとんどは『キュプリア』以降の詩が担っている。 (『イリアス』24.25-30 / 『キュプリア』要約)
- 『キュプリア』の断片は、戦争の起こりをゼウスの計画として語る。数えきれない人間が大地にのしかかっているのを哀れんだゼウスが、イリオスの大戦を起こして大地を軽くしようと決めた、という。『イリアス』冒頭の「ゼウスの計画が遂げられていった」(1.5)にこの話を当てる古註が伝える。 (『キュプリア』断片3(『イリアス』1.5への古註が引用、エヴリン=ホワイト訳))
ペレウスとテティスの婚礼
- 関係: participant → eris (『キュプリア』要約、ヒュギヌス 92。招かれずに争いを起こす)