出典 · 近現代の翻案・映像化
オックスフォード古典学辞典
第4版 2012年 · Oxford Classical Dictionary
この出典が語っていること
アレス
- ローマのマルスは軍神であると同時に農耕と国家の守護神で、ロムルスとレムスの父とされる建国神話の中心人物である。ギリシャで嫌われたアレスとは社会的な位置がまったく違う。 (『アエネイス』1.274-277 でマルスの子としてのロムルスに触れる。マルス固有の性格(軍神であると同時に農地の祓いと国家祭祀の神であること)は OCD『Mars』の項による)
アルテミス
- 月の女神としてのアルテミスは後代の同一視で、ホメロス・ヘシオドスの月はセレネという別の神である。同一視をうかがわせる最も古い例はアイスキュロスの断片で、月を「レト(=アルテミスの母)の娘」と呼ぶ。兄ヘリオス=アポロンの同一視と対になって進んだ。 (『神統記』371-374 では月はセレネ。アイスキュロス断片170(Radt/Nauck/Sommerstein)が月を「レトの娘の星のごとき目」と呼ぶ件は Gantz 34-35頁の整理による。OCD『Selene』の項はアルテミスとの同一視を post-classical(古典期以後)とする)
クリュタイムネストラ
- ギリシャ語の綴りには ν の無い Κλυταιμήστρα と、ν のある Κλυταιμνήστρα の二系統がある。『オックスフォード古典学辞典』は見出しを Clytaem(n)estra / Κλυταιμ(ν)ήστρα と両論併記したうえで、ν の無い短い形のほうがよく裏づけられるとする。現代語の「クリュタイムネストラ/Clytemnestra」は長い方の形に基づく。 (「Clytemnestra」の項の見出し表記)
ディオニュソス
- オリュンポス十二神にディオニュソスを数えるとき、ヘスティアが外されるという説明が広く行われている。ただし古代の十二神の名簿は一定せず、ディオニュソスを含む組は実在する一方(ヘラクレイアのヘロドロスが伝えるオリュンピアの六対にはディオニュソスが入り、クロノス・レアや河神アルペイオスまで含まれる)、「ヘスティアが席を譲った」という筋を語る古代の出典は見当たらない。 (十二神信仰の確かな年代はトゥキュディデス 6.54.6-7(前522年頃のアテナイのアゴラの十二神の祭壇)まで遡る。名簿の異同とヘロドロスのオリュンピア伝承は OCD『Twelve Gods』(I. Rutherford)の項による。席の譲渡譚の古代の典拠は見つからなかった)
ガニュメデス
- 酌をする者という役から水瓶座(アクエリアス)と結びつけられた。木星の衛星「ガニメデ」は1610年にガリレオが発見した四大衛星の一つで、名を与えたのはシモン・マリウスだが、番号ではなく神話名で呼ぶ習慣が定着したのは19世紀半ば以降である。太陽系最大の衛星。語源の節も参照。 (OCD「Ganymede」の項。衛星名については語源ファイル ganymede-moon(etymonline / NASA)と同じ確認による。発見は1610年だが命名の定着は1847年以降)
黄金の林檎
- 「最も美しい女神へ」という銘が林檎に刻まれていた、という形は古い出典には無い。確認できるかぎり最も古く銘を明記するのは2世紀のルキアノスで、『海神たちの対話』5 では、エリスが宴に投げ込んだ黄金の林檎に「美しい者が私を取れ」と書かれており、ヘルメスがそれを読み上げる。 (ルキアノス『海神たちの対話』5(パノペとガレネ)。ヒュギヌス92 は銘ではなく「最も美しい者が取るように」という声の形(本文確認済み)。OCD「Judgement of Paris」「Eris」の項)
ハデス
- オリュンポスに住まないため、通常「オリュンポス十二神」には数えられない。ホメロスでも神々の集会にハデスは現れない。プラトン『法律』も、十二神の祭りを毎月行うとしたうえで、地下の神々は天上の神々と分け、プルトンの祭りは十二番目の月に置くとしている。 (『イリアス』20.4-74 の神々の集会にハデスの名は無く、地下で驚いて跳び上がる側(20.61-65)として描かれる。十二神信仰の確かな年代はトゥキュディデス 6.54.6-7 のアテナイのアゴラの十二神の祭壇(前522年頃)まで。名簿の異同は OCD『Twelve Gods』(I. Rutherford)の項。プラトン『法律』828b-d)
ラオコオン
- 1506年にローマのエスクイリーノの丘で発見された大理石群像『ラオコーン』により、この場面は西洋美術の代表的図像になった。教皇ユリウス2世がただちに取得し、現在もバチカン美術館にある。レッシングは同名の評論(1766)でこの像を、絵画と詩それぞれの表現の限界を論じる出発点にした。語源の節も参照。 (OCD「Laocoon」の項。発見と所蔵はバチカン美術館の公式解説(語源ファイル laocoon-statue と同じ確認)。レッシング『ラオコオン、または絵画と詩の限界について』ベルリン、フォス、1766年)
イダ山
- 同名のイダ山がクレタ島にもあり、幼いゼウスが隠されて育った山とされる。ただしクレタでの養育地がイダかディクテかは古代でも割れており、アポロドーロスはディクテの洞窟とし、カリマコスやオウィディウスはイダとする。ギリシャ神話で「イダ山」と言うとき、トロイアのイダかクレタのイダかで話が全く違うので注意がいる。 (OCD「Ida」の項。アポロドーロス 1.1.6(レアはクレタのディクテの洞窟でゼウスを生み、乳母の一人の名がイダ)。フレイザー註が、イダ説はカリマコス『ゼウス讃歌』51、オウィディウス『祭暦』4.207、ディクテ説はウェルギリウス『農耕詩』4.153 等と整理する)
オリュンポス山
- テッサリアとマケドニアの境にある実在の山塊で、最高峰ミティカスは2,917mとギリシャの最高峰。「オリュンポス」と呼ばれた山は古代に各地にあったが、ヘロドトスはドーリス人の故地を「オッサとオリュンポスの下のヒスティアイオティス」と書き、テッサリアの山を指している。ホメロス以来、この山がゼウスをはじめとする神々の住む所と信じられた。 (ヘロドトス 1.56(ドーリス族がオッサとオリュンポスの麓のヒスティアイオティスに住んだ)。山の位置・標高と、各地の「オリュンポス」の存在については OCD『Olympus』の項)
- 「オリュンポス十二神」という固定した名簿は、ホメロスにもヘシオドスにも見当たらない。十二神を一組として祀る習慣の確かな証拠は前6世紀末より古くならず、トゥキュディデスはアテナイのアゴラの十二神の祭壇を前522年頃の建立とする。しかも名簿は土地ごとに違い、オリュンピアの十二神(六対)にはクロノスとレア、河神アルペイオス、ディオニュソスまで入る。 (トゥキュディデス 6.54.6-7(ヒッピアスの子ペイシストラトスによる十二神の祭壇)。名簿の異同とヘラクレイアのヘロドロスが伝えるオリュンピアの六対は OCD『Twelve Gods』(I. Rutherford)の項による)
ミュケナイ
- 1876年にシュリーマンが城塞内の円形墓域Aを発掘し、黄金の仮面をはじめとする大量の副葬品が出土した。「黄金に富む」というホメロスの添え名が考古学的に裏づけられた形になったが、竪穴墓の年代は前16世紀頃で、伝統的に想定されるトロイア戦争の年代より三、四百年古い。シュリーマンが「アガメムノンの仮面」と呼んだ面も年代が合わない。 (「Mycenae」の項。1876年の円形墓域A発掘と竪穴墓の年代)
ポセイドン
- ローマ名ネプトゥヌスは本来は淡水(泉や川)の神で、海神としての性格はギリシャのポセイドンとの同一視によるとされる。祭日ネプトゥナリアが一年で最も水の乏しい7月23日に置かれていることも、水源の神としての出自を示すものと解される。海王星 Neptune の名もここから。語源の節も参照。 (OCD『Neptunus』の項(本来は淡水の神で、ポセイドンとの同一視により海神になったこと、7月23日のネプトゥナリア))
スパルタ
- 軍事国家としての古典期のスパルタのイメージは、ホメロスの描く「窪地のラケダイモン」とは直接つながらない。考古学的にも、古典期のスパルタ市域に人が住みはじめるのは青銅器文明の崩壊後で、青銅器時代の中心はエウロタス川の対岸にあるメネライオンの遺跡とされる。同じ地名でも、神話の時代と歴史時代で指すものの中身が違う。 (『イリアス』2.581-590 / OCD「Sparta」の項(定住の開始と青銅器時代のメネライオン遺跡))
トロイア
- 1870年代からハインリヒ・シュリーマンが発掘した現在のトルコ・ヒサルルクの丘の遺跡が、トロイアの跡とされている。その後デルプフェルト、ブレーゲン、コルフマンと発掘が続いた。遺跡は積み重なった複数の層からなり、どの層が『イリアス』の街にあたるかは今も議論が続いている(第VI層後期か第VIIa層か)。 (OCD「Troy」の項。発掘史はシュリーマン(1870-1890)、デルプフェルト(1893-94)、ブレーゲン(1932-38)、コルフマン(1987-2006)、ペルニッカ(2006-12)。同項は繁栄期を第II/III層(前2550頃-2200頃)と第VI層後期/VIIa層(前1400頃-1180頃)とする)
- ヒッタイトの文書に現れる西方の都市ウィルサ(Wilusa)をイリオスと、その王アラクサンドゥ(ムワタリ2世と条約を結んだ)をアレクサンドロス(パリス)と結びつける説がある。西アナトリアの地名比定が1990年代に進んだことで議論が活発になった。神話と同時代の文字資料との接点として扱われる。 (OCD「Troy」の項。比定の土台は Frank Starke, Studia Troica 7 (1997) 447-487 と J. D. Hawkins, Anatolian Studies 48 (1998) のカラベル碑文解読。アラクサンドゥ=アレクサンドロスの同定を含む議論は Bryce, The Trojans and Their Neighbours (Routledge, 2006)。同定自体は学説であって定説ではない)