出典 · 古拙期(ヘシオドス・叙事詩圏)
イリオスの陥落
アルクティノス(伝) · 前7世紀頃 · Iliou Persis
叙事詩環。木馬、ラオコオン、トロイア落城を扱う。要約と断片のみ現存。
日本語訳: 中務哲郎訳『ホメロス外典/叙事詩逸文集』京都大学学術出版会(西洋古典叢書 G113)、2020。プロクロス梗概と断片の訳を収める
この出典が語っていること
アイネイアス
- ただし『イリオスの陥落』要約では、ラオコオンの一件に不吉を感じたアイネイアス一行は落城の前にイダ山へ退いており、脱出の劇的な場面は語られない。 (プロクロス要約)
小アイアス
- 落城の夜、アテナの神殿で女神像にすがっていたカッサンドラを、像ごと引き剥がして乱暴を働いた。ホメロスにこの話は無く、『イリオスの陥落』の要約とアポロドーロス摘要が伝える。 (『イリオスの陥落』要約(プロクロス)、摘要 5.22)
- 関係: abducted → cassandra (『イリオスの陥落』要約、アポロドーロス摘要 5.22。アテナ像にすがるカッサンドラを像ごと引きずった)
- 関係: enemy → athena (『オデュッセイア』4.502、『イリオスの陥落』要約)
アステュアナクス
- 一方『イリオスの陥落』の要約では、はっきりと「オデュッセウスがアステュアナクスを殺す」と書かれる。エウリピデスやアポロドーロスでは、オデュッセウスの提案でギリシャ勢が決定し城壁から投げ落とす形になっている。 (『イリオスの陥落』要約、アポロドーロス摘要 5.23、『トロイアの女』709-725(オデュッセウスの提案))
- 関係: participated_in → sack-of-troy (落城の夜に殺される)
カッサンドラ
- 落城の夜、アテナの神像にすがったところを小アイアスに襲われる。『イリオスの陥落』要約では神像ごと引き剥がしたとされ、アポロドーロスは神像にすがる彼女を辱めたと書く。この冒涜がギリシャ勢の帰路(ノストイ)の災いの原因とされる。 (『イリオスの陥落』要約、アポロドーロス摘要 5.22, 6.6)
- 関係: abducted_by → ajax-the-lesser (『イリオスの陥落』要約、アポロドーロス摘要 5.22。アテナの神像から引き剥がされる)
- 関係: participated_in → sack-of-troy (落城の夜の場面)
ヘレネ
- 関係: participated_in → sack-of-troy (メネラオスに連れ戻される)
ラオコオン
- 蛇に殺されるのが誰かは出典で食い違う。『イリオスの陥落』要約では、ラオコオンと二人の息子のうち一人が殺される。 (プロクロス要約)
- 関係: participated_in → sack-of-troy (落城前夜の出来事)
- 関係: companion → aeneas (『イリオスの陥落』要約では、ラオコオンの死を凶兆と見たアイネイアス一行がイダ山へ退く)
ネオプトレモス
- 落城の夜、祭壇に逃れたプリアモスを殺す。ウェルギリウス『アエネイス』2巻では、まず王の目の前で息子を殺し、それから祭壇で王を斬る。父アキレウスが24巻でプリアモスに示した憐れみと正反対の振る舞いとして書かれている。 (『イリオスの陥落』要約 / 『アエネイス』2.526-558)
- ヘクトルの幼子アステュアナクスを城壁から投げ落とした者は、出典で入れ替わる。『小イリアス』の断片ではネオプトレモスが自ら投げるが、『イリオスの陥落』の要約ではオデュッセウスが殺す。 (『小イリアス』断片 / 『イリオスの陥落』要約)
- 父の墓前でトロイアの王女ポリュクセネを犠牲に捧げる。エウリピデス『ヘカベ』では、彼女が自ら胸をはだけて堂々と死を受け入れ、見ていた軍勢が感嘆する場面として描かれる。 (『イリオスの陥落』要約 / 『ヘカベ』518-582)
- 関係: killed → priam (『イリオスの陥落』要約、『アエネイス』2.526-558(祭壇で討つ))
- 関係: killed → polyxena (『イリオスの陥落』要約、エウリピデス『ヘカベ』518-582。父の墓前の犠牲)
パラディオン
- 叙事詩環のアルクティノスは、ゼウスがダルダノスに与えたパラディオンは一つだけで、それは落城まで神殿の奥に隠されていた、表に出ていたのは盗もうとする者を欺くために作った寸分違わぬ写しで、ギリシャ勢が持ち去ったのはその写しだった、と語ったと伝えられる。 (ディオニュシオス 1.69.3 がアルクティノス(『イリオスの陥落』の作者とされる)の説として引く)
ポリュクセネ
- 『イリアス』にも『オデュッセイア』にもポリュクセネの名は一度も出てこない。プリアモスが息子たちを数える場面にも、トロイア落城後の女たちの運命にも現れない。ポリュクセネは叙事詩環以降の伝承で形を得た人物である。 (両叙事詩の全文にこの名が現れないことを確認。最初期の言及は『イリオスの陥落』のプロクロス要約(ギリシャ勢がアキレウスの墓でポリュクセネを犠牲に捧げる)。ホメロス本文での不在についての整理はガンツのポリュクセネの項)
- 落城後、アキレウスの亡霊が自分の取り分を求めて風を止めたため、その墓前でネオプトレモスの手で殺される。犠牲獣ではなく人間を屠るという点で、悲劇では繰り返し問題にされる。 (『ヘカベ』107-125(軍議)、518-581(死の報告)、アポロドーロス摘要 5.23、『イリオスの陥落』要約)
- 関係: participated_in → sack-of-troy (『イリオスの陥落』要約に犠牲が記される)
プリアモス
- 落城の夜、目の前で息子ポリテスを殺されたうえ、ゼウス・ヘルケイオスの祭壇でアキレウスの子ネオプトレモスに斬られる。『イリアス』にはこの場面は無い。 (『アエネイス』2.506-558、アポロドーロス摘要 5.21、『イリオスの陥落』要約)
- 関係: killed_by → neoptolemus (『アエネイス』2.506-558、アポロドーロス摘要 5.21、『イリオスの陥落』要約。『イリアス』には死は描かれない)
トロイア落城
- 『イリアス』は落城を描かない。ヘクトルの葬儀で終わり、その先は読者(聴衆)が既に知っている話として置かれている。落城の場面を語るのは叙事詩環以降の作品である。 (『イリアス』24.804 が最終行)
- 叙事詩環『イリオスの陥落』の要約には、ラオコオンと蛇、アイネイアス一行のイダ山への退去、シノン、城内での殺戮、プリアモスの死、カッサンドラと小アイアス、アステュアナクスの死、ポリュクセネの犠牲、アテナの怒りといった要素が並んでいる。後世の落城描写の骨格はここにある。 (プロクロス要約)
- 落城は勝者にとっても破滅の始まりになる。小アイアスがアテナの神像にすがるカッサンドラを引き剥がしたことで女神が怒り、ギリシャ勢の帰路(ノストイ)は難破と殺害の連続になる。 (『イリオスの陥落』要約、アポロドーロス摘要 5.22-6.6、『ノストイ』要約)
- 関係: participant → cassandra (摘要 5.22 アテナの神像から引き剥がされる)
- 関係: participant → ajax-the-lesser (摘要 5.22 神域を犯す)
- 関係: participant → astyanax (城壁から投げ落とされる。下手人には異説がある)
- 関係: participant → polyxena (アキレウスの墓前で犠牲に供される)
- 関係: participant → menelaus (ヘレネを取り戻す。『オデュッセイア』8.517-520 でデイポボスの家へ向かう)
- 関係: participant → helen (メネラオスに連れ戻され、船へ下る)
- 関係: participant → odysseus (木馬の指揮者として。『イリオスの陥落』要約ではアステュアナクスを殺す)
- 関係: participant → aeneas (『アエネイス』2巻では脱出。『イリオスの陥落』要約では落城前にイダ山へ退く)
- 関係: located_at → troy (落ちる街)
- 関係: participated_in → trojan-war (戦争の結末にあたる出来事)
シノン
- シノンの本当の役目は、夜になって合図の火を上げることだった。叙事詩環の『イリオスの陥落』要約では「先に偽って城内に入っていた」シノンが火の合図を上げ、アポロドロスはそれをアキレウスの墓の上でとする。ウェルギリウスでは、シノンが木馬の閂を外して中の兵を出す役も担う。 (『イリオスの陥落』プロクロス要約。アポロドロス『摘要』5.19。『アエネイス』2.256-259)
- 関係: participated_in → sack-of-troy (『イリオスの陥落』プロクロス要約「先に偽って城内に入っていたシノンが火の合図を上げる」。『小イリアス』断片(リュコプロン注解 344)。アポロドロス『摘要』5.19 はアキレウスの墓で合図の火を焚いたとする)
トロイアの木馬
- 中に入った人数は出典によってまちまちで、アポロドーロスは50人とし、注釈は『小イリアス』が3000人、クイントゥスが30人の名を挙げ、ツェツェスは23人としていると伝える。『イリオスの陥落』の要約は「最も優れた者たち」と言うだけで数を挙げない。 (アポロドーロス摘要 5.14(50人。フレイザーの注に他説の一覧がある)、『イリオスの陥落』要約)
- 関係: participated_in → sack-of-troy (落城の直接の手段)
トロイア戦争
- 発端から帰還までは「叙事詩環(エピック・キュクロス)」と呼ばれる一群の詩が埋めていた。『キュプリア』(発端〜開戦)、『アイティオピス』(アキレウスの死)、『小イリアス』(武具争い〜木馬)、『イリオスの陥落』(落城)、『帰還』(諸将の帰路)、『テレゴネイア』(オデュッセウスの後日談)。いずれも散逸し、プロクロスの要約と断片からしか内容が分からない。「よく知られた話」の多くが、実はこの失われた詩の要約に由来する。 (プロクロス『文学便覧』の要約)
トロイア
- 関係: setting_of → sack-of-troy (落城)