『神統記』で、最初に生じたカオスから「エレボスと黒い夜」が生まれる。エレボスには親としてカオス以外の存在はない。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
Ἔρεβος神
光は、闇から生まれた。ギリシャ神話の世界のはじまりを語る『神統記』は、そう語っている。その闇の名が、エレボスである。
では、神でもあり場所でもあるこのエレボスが、どんなふうに語られてきたのか見ていこう。
『神統記』によれば、世界のはじめにまず生じたのは、ぽっかりと口を開けた空隙、カオスだった。そのカオスから、エレボスと黒い夜が生まれた。エレボスには、カオスのほかに親はいない。
やがて夜がエレボスと交わり、二人の子を産む。上空に澄みわたる輝きと、昼である。闇と夜という暗いものどうしから、光と昼が生まれた。世界の系図の最初のほうに、こんな逆さまのような親子関係が置かれている。
ところが、『イリアス』や『オデュッセイア』に出てくるエレボスは、神というより場所の名前だ。オデュッセウスが冥界の入口で死者の霊を呼び出すとき、犠牲の羊の頭を「エレボスの方へ」向けるよう命じられる。穴に血を注ぐと、死者の魂が「エレボスから」群がり出てきた。『イリアス』では、英雄ヘラクレスが冥界の番犬を「エレボスから」連れ出した遠征のことが語られる。

『神統記』も、系図の箇所を離れると、エレボスを地下の暗い領域の名として使っている。ゼウスに雷で打たれた者は「エレボスへ」送られ、地下に閉じ込められていた百の腕の巨人たちは「エレボスから」光のもとへ連れ戻される。
世界のはじまりの闇の神であり、死者たちがうごめく地下の暗がりそのものでもある。エレボスは、二つの顔を行き来する名前だ。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、ヘシオドス『神統記』
『神統記』で、最初に生じたカオスから「エレボスと黒い夜」が生まれる。エレボスには親としてカオス以外の存在はない。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
夜がエレボスと交わって、アイテル(上空の澄んだ輝き)とヘメラ(昼)が生まれる。闇と夜から光と昼が生まれるという逆説的な系譜。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
ホメロスではエレボスは神ではなく場所として使われる。オデュッセウスが冥界の入口で供犠をするとき羊の頭を「エレボスの方へ」向け、死者の魂は「エレボスから」群がり出てくる。『イリアス』では、ヘラクレスがハデスの犬を「エレボスから」連れ出す遠征に触れる。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
ヘシオドスでも、ゼウスが雷で打ったメノイティオスを「エレボスへ」送り、百手の巨人たちを「エレボスから」光のもとへ連れ戻すなど、地下の暗い領域の名として使われている。人格神としての側面は系譜の箇所にほぼ限られる。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
喜劇『鳥』の宇宙創成のパロディでも「最初にカオスと夜と黒いエレボスと広いタルタロスがあった」と、原初の存在として名が挙がる。
アリストパネス『鳥』 前414年上演