ローマのオウィディウスも aether を天の最上層の意味で使う。ギガースたちが天の王座を狙った話は「高きアイテルが大地より安全でないように」という前置きで始まる。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
Αἰθήρ神
麻酔薬として知られる「エーテル」。1842年に、その麻酔の働きがはっきり確かめられた薬品だ。けれどもこの言葉は、化学の名前になるずっと前から、英語で「天の上のほう」を意味していた。「この世ならぬ、天上の」という意味の形容詞も、同じ言葉から来ている。もとはギリシャ語で、空の高みの澄んで輝く大気のこと。そしてギリシャ神話では、その輝く大気そのものが一柱の神、アイテルとして語られた。
目に見えない空の高みが、神話の中でどう考えられていたのか。見ていこう。
『神統記』によれば、世界のはじめにまず混沌が生じ、その混沌から闇と、黒い夜が生まれた。その夜が闇と交わって産んだのが、輝く上空の大気アイテルと、昼である。暗いものから明るいものが生まれる、という順番だ。
『イリアス』では、アイテルは神の名ではなく、空の上層を指す言葉として使われる。神々の王ゼウスは「アイテルに住まう者」と呼ばれる。ゼウス、ポセイドン、ハデスの三兄弟が世界をくじで分けたとき、ゼウスが引き当てたのも、アイテルと雲のうちに広がる天だった。
ギリシャ人は、空気を二つに分けて考えていた。地上に近い、もやのかかった空気と、その上の、澄みきった輝く大気である。『イリアス』には、その区別がよく分かる場面がある。眠りの神が、ゼウスに見つからないよう、イデ山でいちばん背の高い樅の木に登って身を隠した。その木は、もやの空気を突き抜けて、輝く上空にまで届いていたという。眠りの神はその枝のあいだに、甲高い声の鳥の姿になってひそんでいた。
ローマの詩人オウィディウスも、この言葉を天の最上層の意味で使っている。大地から生まれた巨人たちが天の王座を奪おうとした話を、高いアイテルでさえ大地より安全ではなくなった、と語りはじめるのである。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ヘシオドス『神統記』、オウィディウス『変身物語』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』
ローマのオウィディウスも aether を天の最上層の意味で使う。ギガースたちが天の王座を狙った話は「高きアイテルが大地より安全でないように」という前置きで始まる。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
英語 ether は、ギリシャ語 aithēr「上層の澄んだ空気、空」から来ていて、元は「燃える、輝く」を意味する aithein に結びつく。英語では14世紀後半に「天の上層」の意味で使われ始め、化学物質の名としては18世紀から。麻酔作用がはっきり確かめられたのは1842年。
ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)
『神統記』では、カオスから闇エレボスと黒い夜ニュクスが生まれ、そのニュクスがエレボスと交わってアイテル(上層の輝く大気)とヘメラ(昼)を産む。暗いものから明るいものが生まれる順になっている。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
ホメロスではアイテルは神ではなく、空の上層を指す語。ゼウスは「アイテルに住まう」と呼ばれ、世界を分けたときゼウスは「アイテルと雲のうちに広い天」を受け持ったとポセイドンが語る。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
ホメロスは下のもやった空気(アエール)と上の澄んだアイテルを区別している。イデ山の高い樅の木は「アエールを抜けてアイテルに届いた」と描かれる。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
『イリアス』14巻で、眠りの神ヒュプノスは、ゼウスに見られないよう、イデ山でいちばん高い樅の木に登った。その木はアエール(もやの空気)を抜けてアイテルにまで届いていた。ヒュプノスは枝に隠れ、神々がカルキス、人間がキュミンディスと呼ぶ甲高い鳴き声の鳥の姿でひそんだ。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
エーテル / ether英語 ether は古フランス語・ラテン語を経て、ギリシャ語 aithēr「上層の空気、澄んだ明るい空気、空」から来ている。元は「燃える、輝く」を意味する aithein に結びつく語。英語では14世紀後半から「天の上層」の意味で使われた。化学物質の名としては1730年頃に名づけられ(英語での使用は1757年までに見られる)、麻酔作用がはっきり確かめられたのは1842年。形容詞 ethereal(天上の、この世ならぬ)も同じ語から。