アポロドーロスの形: オリュンポスの子マルシュアスは、アテナが「顔がゆがむ」と言って捨てた笛を見つけ、アポロンに音楽の勝負を挑んだ。勝った者が負けた者を好きにしてよいという約束だった。勝負でアポロンは竪琴を逆さにして弾き、マルシュアスにも同じことをせよと言ったが、笛では逆さにして吹けないので負けとされ、高い松の木に吊るされて皮を剥がれた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

Μαρσύας怪物
アポロンとマルシュアス。ジュゼペ・デ・リベーラの作。 『アポロンとマルシュアス』 ジュゼペ・デ・リベーラ 1637年Public domain
ペルシャ王の大軍がギリシャへ攻め込む途中、今のトルコにあった町ケライナイを通った。歴史家ヘロドトスによれば、その町の市場のそばを流れる川のほとりには、一枚の皮が吊るされていた。土地の人々は言った。これはマルシュアスの皮で、神アポロンが剥いで吊るしたのだと。
では、マルシュアスが何者で、なぜ皮を剥がれたのか、見ていこう。
話は、女神アテナが捨てた一本の笛から始まる。ローマの詩人オウィディウスは、アテナ自身にこう語らせている。わたしはツゲの木に穴を開けて、最初の笛を作った。ところが吹いている姿を水に映してみると、頬がみっともなくふくらんでいた。芸はそれほど大事ではない。そう言って、笛を投げ捨てた。
その笛を拾ったのが、今のトルコにあたる地方に住む半人半獣のサテュロス、マルシュアスだった。吹き方を覚えた彼は、たちまち名手になり、ニンフたちのあいだで得意になった。そしてついに、竪琴の神アポロンに音楽の勝負を挑んだ。
アポロドーロスによれば、勝った者は負けた者を好きにしてよい、という約束だった。勝負の最中、アポロンは竪琴を逆さにして弾き、マルシュアスにも同じことをしてみよと言った。笛は逆さにしては吹けない。マルシュアスは負けとされた。アポロンは彼を高い松の木に吊るし、生きたまま皮を剥いだ。
オウィディウスは、その場面を容赦なく描く。なぜわたしをわたしから引き剥がすのか。笛にそれほどの値打ちはなかったのに。叫ぶマルシュアスの体は全身が一つの傷となり、筋も脈も臓腑も、透けて数えられるほどだった。
野の神々も、兄弟のサテュロスたちも、笛の弟子も、ニンフたちも、山で羊を飼う者たちも、みな彼のために泣いた。大地は涙を吸い込み、やがて泉として湧き出させた。それが、その地方で最も澄んだ川、マルシュアス川になったという。古代の旅行家パウサニアスによれば、その地方の人々は、町を流れる川をかつての笛の名手だと考え、侵入してきた敵を、その川の水と笛の音で追い払ったと言い伝えていた。
哲学者プラトンの『饗宴』では、酔った若者が師ソクラテスをマルシュアスにたとえている。マルシュアスは楽器で人を魅了したが、この人は楽器なしに、言葉だけで人を夢中にさせる、と。
この物語の出典: ヘロドトス『歴史』、プラトン『饗宴』、オウィディウス『祭暦』、オウィディウス『変身物語』、ストラボン『地理誌』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、パウサニアス『ギリシア案内記』
アポロドーロスの形: オリュンポスの子マルシュアスは、アテナが「顔がゆがむ」と言って捨てた笛を見つけ、アポロンに音楽の勝負を挑んだ。勝った者が負けた者を好きにしてよいという約束だった。勝負でアポロンは竪琴を逆さにして弾き、マルシュアスにも同じことをせよと言ったが、笛では逆さにして吹けないので負けとされ、高い松の木に吊るされて皮を剥がれた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
オウィディウス『祭暦』では、ミネルウァ(アテナ)自身が語る。ツゲの木に穴をあけて最初の笛を作ったが、吹いている姿を水に映すと、処女の頬がふくらんでいた。「芸はそれほど大事ではない」と笛を捨て、岸に落ちた笛をサテュロスが拾い、吹き方を覚えてニンフたちの間で得意になり、ポイボスに挑んで負けた。
オウィディウス『祭暦』 8年頃(未完)
『変身物語』では、ラトナ(レト)の子に「トリトンの女神(ミネルウァ)の葦笛」で負けたサテュロスが「なぜ私を私から引き剥がすのか。笛にそれほどの値打ちはなかった」と叫ぶ。皮を剥がれて全身が傷になり、筋と脈と臓腑が透けて数えられるほどだった、と生々しく描かれる。本文ではサテュロスの名を言わず、最後に川の名としてだけ「マルシュアス」が出てくる。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
オウィディウスによれば、野の神ファウヌスたち、兄弟のサテュロスたち、弟子のオリュンポス、ニンフたち、その山で羊や牛を飼う者たちみなが彼のために泣き、大地が吸い込んだ涙が泉となって湧き出し、プリュギアで最も澄んだ川マルシュアスになった。パウサニアスも、ケライナイのプリュギア人は町を流れる川をかつての笛の名手だと考え、「母神の歌」という笛の曲も彼の作とし、ガリア人の侵入を彼の川の水と笛の音で撃退したと言い伝えている、と記す。
オウィディウス『変身物語』 8年頃、ストラボン『地理誌』 1世紀初頭、パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
勝負と罰は古代から彫刻の題材になった。パウサニアスは、アテナイのアクロポリスに笛を拾ったマルシュアスをアテナが打つ像があったこと、マンティネイアのプラクシテレス作のレトと子らの像の台座に、ムーサたちと笛を吹くマルシュアスが彫られていたことを記録している。
パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
オウィディウスでは、ファウヌスたち、兄弟のサテュロスたち、弟子オリュンポス、ニンフたち、山の羊飼いたちが泣き、大地が吸い込んだ涙が泉となってプリュギアで最も澄んだマルシュアス川になる。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
最も古い記録の一つは前5世紀のヘロドトス。ペルシャ王クセルクセスの行軍を記す中で、プリュギアの町ケライナイの市場から湧く川のそばに「シレノスのマルシュアスの皮」が吊るしてあり、プリュギア人の話ではアポロンが剥いで吊るしたのだと書き留めている。神話の話が、実際に見せられる「皮」とともに土地に根づいていた。
ヘロドトス『歴史』 前430年頃
プラトン『饗宴』では、酔ったアルキビアデスがソクラテスを、中に神々の像を隠したシレノスの像と、サテュロスのマルシュアスにたとえる。マルシュアスが楽器で人を魅了したように、ソクラテスは楽器なしに言葉だけで人を夢中にさせる、という賛辞。
プラトン『饗宴』 前4世紀前半
『変身物語』6.383 サテュロス、ヘロドトス7.26.3「シレノスのマルシュアス」