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デメテル女神ポセイドン救い手ニンフ木の精テセウス聞き手バウキスとピレモン隣の話
飢えに苦しみ、娘を売り渡すエリュシクトン。『変身物語』の挿絵。

エリュシクトン

Ἐρυσίχθων人間

飢えに苦しみ、娘を売り渡すエリュシクトン。『変身物語』の挿絵。 『娘ムネストラを売るエリュシクトン』 ヨハン・ヴィルヘルム・バウアーPublic domain

食べても食べても、腹がふくれない。国じゅうの食べ物を平らげ、家の財産を食べ尽くし、最後には自分の手足を噛みちぎって食べはじめた男がいる。テッサリアの王子エリュシクトンである。

なぜそんな飢えに取りつかれたのか。二人の詩人が語るこの男の話を見ていこう。

前3世紀の詩人カリマコスが穀物の女神デメテルにささげた讃歌によれば、テッサリアのある土地に、女神の美しい聖なる森があった。王子エリュシクトンは、巨人のような屈強な従者20人を連れて、斧でその森を切りに行った。女神は自分の神殿に仕える女祭司の姿になって現れ、神々に捧げられた木を切るのはやめなさいと止めた。王子は斧を振り上げて脅し、言い放った。この木は私の屋敷の屋根になる。そこで仲間と宴を開くのだ。

女神は正体を現し、王子に燃えるような激しい飢えを送った。20人が料理を作り、12人が酒を注いでも、まだ足りない。家で飼っていた牛も、競走に出す馬も、戦に使う馬も、小さな獣たちが恐れる猫まで食べ尽くした。財産が尽きると、王の息子は町の辻に座って、人の食べ残しを乞うようになった。

ローマの詩人オウィディウスの『変身物語』は、この話をさらに恐ろしく語り直した。女神の森に、一本の大きな樫の木があった。枝には奉納のリボンや、願いがかなった礼の札が掛けられ、木の精たちがよくその根もとで輪になって踊っていた。従者たちがためらうのを見て、エリュシクトンは自ら斧を取り、女神に愛された木どころか、女神そのものでも切り倒してやる、と叫んだ。斧が入ると、木はうめき、葉もどんぐりも青ざめて、切り口から血が流れ出した。木の中に住んでいた精は、死にぎわに、王子に罰が下ると予言した。

仲間の精たちの嘆きを聞いた女神は、罰を決めた。けれども、実りの女神と飢えとは、決して顔を合わせてはならない定めになっている。女神は山の精を竜の車に乗せて、北の果ての石ころだらけの荒れ野に住む「飢え」のもとへ使いに出した。やせこけた飢えは夜、王子の寝室に忍び込み、眠っている彼を抱きしめて、のどと胸と口に息を吹き込み、からっぽの血管に飢えをまいた。

竜の車の使いが、やせこけた「飢え」に命じる。左奥では、眠る王子に飢えが取りついている。
竜の車の使いが、やせこけた「飢え」に命じる。左奥では、眠る王子に飢えが取りついている。『図版80 ケレスのニンフが「飢え」にエリュシクトンを襲わせる(オウィディウス『変身物語』より)』 アントニオ・テンペスタ 1606年 メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0)

目を覚ましたエリュシクトンは、ひたすら食べはじめた。父の財産は腹の中に消え、最後に残ったのは娘だけだった。王子はその娘まで売り飛ばした。娘は海の神ポセイドンに祈り、漁師の姿に変えてもらって逃げ出した。姿を変えられると知ると、父は娘を何度も売った。娘は馬になり、鳥になり、牛になり、鹿になって、そのたびに戻ってきた。それでも飢えはおさまらなかった。ついに王子は自分の手足を噛みちぎりはじめ、自分の体を減らしながら、自分の体を養ったのである。

飢えに迫られた父が、娘を売り渡す。
飢えに迫られた父が、娘を売り渡す。『図版81 娘を売るエリュシクトン(オウィディウス『変身物語』より)』 アントニオ・テンペスタ 1606年 メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0)

オウィディウスでは、この話は、何度も姿を変えられる者がいるという例として、河の神が英雄テセウスたちに語って聞かせる。何度も姿を変えたのは、エリュシクトン本人ではなく、売られた娘のほうだった。

この物語の出典: カリマコス『讃歌』、オウィディウス『変身物語』

この物語の人々

こういう風にも語られている

カリマコスの形(前3世紀): トリオパスの子エリュシクトンは、ドティオンの地にあるデメテルの美しい森を、巨人のような従者20人を連れて切りに行く。女神は自分の祭司ニキッペの姿になって止めるが、彼は斧で脅して「この木は私の屋敷の屋根になり、仲間と宴を開く」と言い放つ。女神は正体を現し、「燃えるような(アイトン)」激しい飢えを送った。20人が料理を作り、12人が酒を注いでも足りず、家の牛も競走馬も軍馬も、小さな獣が恐れる猫まで食べ尽くし、財産が尽きると、王の子が辻に座って食べ残しを乞うようになった。

カリマコス『讃歌』 前3世紀前半

オウィディウスの形: ケレス(デメテル)の森に、奉納の紐や願いのかなった礼の札が掛けられ、ドリュアスたちが輪になって踊る大樫があった。従者たちがためらうのを見て、エリュシクトンは自ら斧を振るい「女神に愛された木どころか女神そのものでも切り倒す」と言う。斧が入ると木はうめき、葉もどんぐりも青ざめ、切り口から血が流れた。木に宿るニンフは死に際に彼への罰を予言した。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

ローマ以後の語り

嘆くドリュアスたちの願いを聞いたケレスは、豊穣の女神と飢えは会うことができない定めなので、山のニンフを竜の車に乗せて、スキュティアの果て、カウカソス山の石だらけの野に住む「飢え(ファメス)」のもとへ遣わす。やせこけた飢えは夜に彼の寝室に入り、寝ている彼を抱きしめて、のどと胸と口に息を吹き込み、空っぽの血管に飢えをまいた。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

財産を食べ尽くしたエリュシクトンは、ついに娘を売る。娘は、かつて処女を奪ったネプトゥヌス(ポセイドン)に「主人から救って」と祈り、漁師の姿に変えてもらって逃れる。姿を変えられると知った父は、娘を何度も売り、娘は馬や鳥、牛、鹿になっては戻ってきた。それでも飢えは収まらず、彼は最後に自分の手足を噛みちぎり、自分の体を減らしながら体を養った。オウィディウスは娘の名を出さず「アウトリュコスの妻」とだけ呼ぶ。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

オウィディウスでは、この話はバウキスとピレモンの話の直後、河神アケロオスがテセウスたちに「一度だけ姿を変えられた者もいれば、何度も変われる者もいる」と語り出す例として置かれている。何度も姿を変えられたのは、エリュシクトン自身ではなく娘のほうで、話の最後にアケロオス自身も自分がいくつもの姿に変われることを明かし、失った角を嘆く。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

もっと詳しく

最も古い形は、ヘシオドスに帰される『女たちのカタログ』のパピルス断片とされる。そこでは娘メストラの話が中心で、父は飢えにちなむ「アイトン(燃える者)」の名で呼ばれ、姿を変えられる娘を何度も売っては食べ物に替えたという。

ヘシオドス(に帰される)『女たちのカタログ(エーホイアイ)断片』 前6世紀頃

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このページの出典(3件)
  1. 前6世紀頃ヘシオドス(に帰される)『女たちのカタログ(エーホイアイ)断片』
  2. 前3世紀前半カリマコス『讃歌』
  3. 8年頃オウィディウス『変身物語』