食べても食べても、腹がふくれない。国じゅうの食べ物を平らげ、家の財産を食べ尽くし、最後には自分の手足を噛みちぎって食べはじめた男がいる。テッサリア の王子エリュシクトンである。
なぜそんな飢えに取りつかれたのか。二人の詩人が語るこの男の話を見ていこう。
前3世紀の詩人カリマコスが穀物の女神デメテル にささげた讃歌によれば、テッサリアのある土地に、女神の美しい聖なる森があった。王子エリュシクトンは、巨人のような屈強な従者20人を連れて、斧でその森を切りに行った。女神は自分の神殿に仕える女祭司の姿になって現れ、神々に捧げられた木を切るのはやめなさいと止めた。王子は斧を振り上げて脅し、言い放った。この木は私の屋敷の屋根になる。そこで仲間と宴を開くのだ。
女神は正体を現し、王子に燃えるような激しい飢えを送った。20人が料理を作り、12人が酒を注いでも、まだ足りない。家で飼っていた牛も、競走に出す馬も、戦に使う馬も、小さな獣たちが恐れる猫まで食べ尽くした。財産が尽きると、王の息子は町の辻に座って、人の食べ残しを乞うようになった。
ローマの詩人オウィディウスの『変身物語』は、この話をさらに恐ろしく語り直した。女神の森に、一本の大きな樫の木があった。枝には奉納のリボンや、願いがかなった礼の札が掛けられ、木の精たちがよくその根もとで輪になって踊っていた。従者たちがためらうのを見て、エリュシクトンは自ら斧を取り、女神に愛された木どころか、女神そのものでも切り倒してやる、と叫んだ。斧が入ると、木はうめき、葉もどんぐりも青ざめて、切り口から血が流れ出した。木の中に住んでいた精は、死にぎわに、王子に罰が下ると予言した。
仲間の精たちの嘆きを聞いた女神は、罰を決めた。けれども、実りの女神と飢えとは、決して顔を合わせてはならない定めになっている。女神は山の精を竜の車に乗せて、北の果ての石ころだらけの荒れ野に住む「飢え」のもとへ使いに出した。やせこけた飢えは夜、王子の寝室に忍び込み、眠っている彼を抱きしめて、のどと胸と口に息を吹き込み、からっぽの血管に飢えをまいた。
竜の車の使いが、やせこけた「飢え」に命じる。左奥では、眠る王子に飢えが取りついている。 『図版80 ケレスのニンフが「飢え」にエリュシクトンを襲わせる(オウィディウス『変身物語』より)』 アントニオ・テンペスタ 1606年 メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0) 目を覚ましたエリュシクトンは、ひたすら食べはじめた。父の財産は腹の中に消え、最後に残ったのは娘だけだった。王子はその娘まで売り飛ばした。娘は海の神ポセイドン に祈り、漁師の姿に変えてもらって逃げ出した。姿を変えられると知ると、父は娘を何度も売った。娘は馬になり、鳥になり、牛になり、鹿になって、そのたびに戻ってきた。それでも飢えはおさまらなかった。ついに王子は自分の手足を噛みちぎりはじめ、自分の体を減らしながら、自分の体を養ったのである。
飢えに迫られた父が、娘を売り渡す。 『図版81 娘を売るエリュシクトン(オウィディウス『変身物語』より)』 アントニオ・テンペスタ 1606年 メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0) オウィディウスでは、この話は、何度も姿を変えられる者がいるという例として、河の神が英雄テセウス たちに語って聞かせる。何度も姿を変えたのは、エリュシクトン本人ではなく、売られた娘のほうだった。
この物語の出典: カリマコス『讃歌』、オウィディウス『変身物語』