ギリシャ神話の地図
ナルキッソス想い人ヘラ女神ゼウス神々の王パン敵ガイア大地ニンフ仲間
ニンフのエコー。アレクサンドル・カバネルの作。

エコー

Ἠχώ神

ニンフのエコー。アレクサンドル・カバネルの作。 『エコー』 アレクサンドル・カバネル 1874年 メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0)

山に向かって「ヤッホー」と叫ぶと、少し遅れて「ヤッホー」と返ってくる。このこだまを、英語でエコーという。ギリシャ神話では、こだまは一人のニンフだった。

では、ニンフのエコーがなぜ人の言葉を返すことしかできなくなったのか、見ていこう。

今よく知られている話は、ローマの詩人オウィディウスの『変身物語』にある。エコーは、もともと体を持った山のニンフで、おしゃべりが大好きだった。神々の王ユピテル、つまりゼウスが山のニンフたちと密会しているとき、妻のユノがそれを見つけに来ることがある。そのたびにエコーは、ユノを長話で引き留めた。そのあいだに、ニンフたちは逃げていった。

策略に気づいたユノは言った。わたしをだましたその舌は、これからはほとんど役に立たなくなる。声も、これまでよりずっと短くなる。それ以来、エコーは自分から話しかけることができなくなった。人の言葉の終わりを繰り返すことしかできない。

ある日、エコーは森で狩りをする美しい少年ナルキッソスを見かけ、恋をした。そっと後をつけながら、話しかけたくてたまらない。けれども、相手が口を開くのを待つしかなかった。仲間とはぐれた少年が「誰かいるのか」と叫ぶ。「いるのか」。「こっちへ来い」。「こっちへ来い」。「一緒になろう」と少年が言ったとき、エコーは心から同じ言葉を返し、森から飛び出して抱きつこうとした。

泉をのぞき込む少年と、その姿を見つめるエコー。
泉をのぞき込む少年と、その姿を見つめるエコー。『エコーとナルキッソス』 ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 1903年Public domain

少年は逃げた。触るな、お前に抱かれるくらいなら死んだほうがましだ。エコーに返せたのは「抱かれる」の一言だけだった。

拒まれたエコーは、恥じて顔を木の葉で隠し、それからは山の洞窟にひとりこもった。けれども恋心は消えず、眠れないまま体はやせ細り、潤いは空気に溶けていった。残ったのは骨と声だけ。骨は石になり、声だけが今も山に残って、呼べば答える。

のちに、自分自身に恋をしてやせ衰えていく少年がいた。その少年が「ああ」と嘆けば、エコーも「ああ」と返した。最後の「さようなら」にも、「さようなら」と答えた。

もっと荒々しい話もある。ギリシャの恋物語『ダフニスとクロエ』では、エコーは歌の上手な娘で、どんな男にも神にも心を許さなかった。その歌をねたんだ牧神パンが、牧人たちを狂わせて彼女を八つ裂きにさせた。大地は散らばった体を隠し、それ以来、エコーの声はあらゆる音をまねて歌うのだという。

この物語の出典: オウィディウス『変身物語』、ロンゴス『ダフニスとクロエ』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』

この物語の人々

こういう風にも語られている

オウィディウスの形: エコーはもともと体を持つおしゃべりなニンフだった。ユピテルが山のニンフたちと会っている間、ユノを長話で引き留めて逃がしていたことが露見し、ユノに「言葉の終わりだけを返す」ことしかできない声にされた。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

ロンゴスの形: エコーはニンフの母と人間の父の子で、ムーサたちに歌と楽器を習った。男にも神にも処女を許さなかったため、その歌の才をねたんだパンが牧人たちを狂わせ、彼女を八つ裂きにさせた。散らばった体をガイア(大地)が匿い、今もあらゆる音をまねて歌う。ここにはナルキッソスもヘラも出てこない。

ロンゴス『ダフニスとクロエ』 2世紀頃

ローマ以後の語り

ナルキッソスに恋したエコーは、自分から話しかけられず、彼の言葉の終わりを返すことでしか思いを伝えられない。拒まれて洞窟にこもり、やせ細って骨は石になり、声だけが残った。ナルキッソスの最期にも、彼の嘆きを繰り返している。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

英語 echo は14世紀半ばから。ラテン語 echo を経てギリシャ語 ἠχώ に遡り、ἠχή(音)、ἠχεῖν(鳴り響く)と同系とされる。語源辞典も「ナルキッソスに恋い焦がれて声しか残らなかった山のニンフ」としての擬人化に触れている。

ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)

拒まれたエコーは木の葉で顔を隠して洞窟にこもり、眠れずにやせ細り、骨と声だけが残った。骨は石になり、声は山で呼べば答える。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

もっと詳しく

ナルキッソスの物語にエコーを組み込んだのは、現存する資料ではオウィディウスが最初とされる。オウィディウスより前、または同時代のナルキッソス譚(コノン第24話、オクシュリンコス出土のパピルス断片)には、エコーが登場しない。

作者不詳(ニカイアのパルテニオスに帰する説あり)『オクシュリンコス・パピルス 4711(変身譚のエレゲイア詩断片)』 前1世紀の作とする説(パピルス自体は1〜2世紀頃)、コノン『物語集(ディエーゲーセイス)』 前1世紀末〜後1世紀初め、オウィディウス『変身物語』 8年頃

今の言葉に残る

エコー / echo(こだま・反響)英語 echo は14世紀半ばから使われる。ラテン語 echo を経てギリシャ語 ἠχώ に遡り、ἠχή(音)、ἠχεῖν(鳴り響く)と同系とされる。この普通名詞を擬人化したのがニンフのエコーで、語源辞典も「ナルキッソスに恋い焦がれて声しか残らなかった山のニンフ」として触れている。

次に読む

このページの出典(7件)
  1. 前7〜6世紀頃作者不詳『ホメロス風讃歌』
  2. 前1世紀の作とする説(パピルス自体は1〜2世紀頃)作者不詳(ニカイアのパルテニオスに帰する説あり)『オクシュリンコス・パピルス 4711(変身譚のエレゲイア詩断片)』
  3. 前1世紀末〜後1世紀初めコノン『物語集(ディエーゲーセイス)』
  4. 8年頃オウィディウス『変身物語』
  5. 2世紀頃ロンゴス『ダフニスとクロエ』
  6. 2世紀後半アプレイウス『変身物語(黄金のろば)』
  7. 2001年〜(2026年9月閲覧)ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』