出典 · 古典期(悲劇・歴史)
アンティゴネ
ソポクレス · 前441年頃上演 · Antigone
テーバイ三部作の一つだが、三作は別々の年に上演された独立の作品。兄ポリュネイケスを埋葬したアンティゴネと、埋葬を禁じた王クレオンの対立を描く。
この出典が語っていること
アンティゴネ
- ソポクレスの形: 兄エテオクレスとポリュネイケスが相討ちで死んだ後、王となった叔父クレオンは、国を攻めたポリュネイケスの埋葬を禁じる。アンティゴネは妹イスメネの制止を振り切って兄に土をかけ、捕らえられると、クレオンの布告よりも「書かれてはいないが揺るがない神々の掟」に従ったと言い放つ。 (1-99(イスメネとの対話)、450-470(神々の掟))
- クレオンはアンティゴネを生きたまま岩屋に閉じ込める。テイレシアスの警告を受けて考えを改めたクレオンが岩屋に着いたとき、アンティゴネはすでに首を吊っていた。婚約者だったクレオンの息子ハイモンは父に剣を向けたあと自害し、知らせを聞いたクレオンの妻エウリュディケも自ら命を絶つ。(オルペウスの妻とは同名の別人) (988-1090(テイレシアス)、1192-1243(アンティゴネとハイモン)、1282-1305(エウリュディケ))
- 岩屋へ連れて行かれる前、アンティゴネは自分の運命を、シピュロス山で石になったタンタロスの娘ニオベになぞらえて嘆く。 (823-833)
- クレオンの布告は、国を攻めたポリュネイケスを弔うことも嘆くことも禁じ、鳥と犬の餌として野ざらしにせよというもの。アンティゴネによれば、違反者は町じゅうの手による石打ちの刑とされた。妹イスメネは、女は男と争うようにできていない、力の強い者に従うしかないと言って加わらない。 (26-36、58-68、192-206(英訳の区切りによる))
- 二度目に遺体を葬ろうとしたところを見張りに捕らえられ、クレオンの前に引き出される。 (384-440)
クレオン
- ソポクレス『アンティゴネ』のクレオン: 国の秩序を第一とする新王として、祖国を攻めたポリュネイケスの遺体を野ざらしにせよと布告し、禁を破ったアンティゴネを岩屋に閉じ込める。テイレシアスの警告を受けて考えを改めるが遅く、アンティゴネは首を吊り、息子ハイモンは父に剣を向けたあと自害し、妻エウリュディケも後を追う。劇は、すべてを失ったクレオンの嘆きで終わる。 (162-210(布告)、988-1090(テイレシアス)、1192-1353)
- 息子ハイモンの死に方は出典で違う。アポロドーロスでは、スピンクスに食われた最後の犠牲者。ソポクレスでは、アンティゴネの死を知って父に剣を向けたあと自害する。ヒュギヌスでは、アンティゴネをかくまって子までもうけたことが露見し、ヘラクレスのとりなしも実らず、アンティゴネを殺して自らも死ぬ。 (3.5.8 /『アンティゴネ』1192-1243 / 『神話伝説集』72)
- 『アンティゴネ』で捕らえられたアンティゴネは、神々の書かれざる揺るぎない掟は、死すべき者の布告より重いと言い放つ。 (450-457)
- 関係: parent → haemon (『アンティゴネ』626-765 / 3.5.8)
- 関係: uncle_aunt → antigone (母イオカステの兄弟)
- 関係: enemy → antigone (埋葬の禁を破った彼女を岩屋に閉じ込める。『アンティゴネ』441-525, 773-780 / 3.7.1 / 72)
- 関係: uncle_aunt → ismene (『アンティゴネ』531-581 アンティゴネと共に罪を負おうとするイスメネを尋問する)
- 関係: ruler → thebes (3.5.8(ライオスの死後)、3.7.1(兄弟の死後)/『アンティゴネ』162-210 / 67)
- 関係: advisee → tiresias (『アンティゴネ』988-1090 /『フェニキアの女たち』834-959 息子メノイケウスを犠牲にせよと告げられる / 3.6.7)
- 関係: participated_in → seven-against-thebes (『フェニキアの女たち』690-783, 834-1018 / 3.6.7, 3.7.1)
エテオクレス
- 関係: sibling → antigone (3.5.8)
- 関係: sibling → ismene (3.5.8)
ハイモン
- ソポクレス『アンティゴネ』の父子の対話: ハイモンは最初「父上、私はあなたのもの」と従順に始め、町の人々がひそかにアンティゴネに同情していることを伝え、「一人の人間だけで治める国は国ではない」と父に考え直しを求める。クレオンが聞き入れず、息子を女の奴隷と罵ると、ハイモンは「彼女は死んでも、もう一人を道連れにする」と言い残して去る。 (631-765(「父上、私はあなたのもの」635、道連れ 751))
- 死に方(1)ソポクレス: 考えを改めたクレオンが岩屋に着くと、首を吊ったアンティゴネを抱くハイモンがいた。彼は父の顔に唾を吐き、剣を抜いて斬りかかるが外れ、そのまま自分の脇腹に剣を突き立て、アンティゴネを抱いて死ぬ。知らせを聞いた母エウリュディケも自害する。 (1192-1243, 1282-1305)
- 関係: child → creon (『アンティゴネ』626-765 / 3.5.8 / 『神話伝説集』72)
- 関係: lover → antigone (許嫁。『アンティゴネ』568-575, 626-630 /『フェニキアの女たち』757-760, 1635-1675 / 72)
- 関係: enemy → creon (1231-1234 岩屋で父に剣を向けるが外れる)
イスメネ
- ソポクレス『アンティゴネ』: 冒頭、アンティゴネにポリュネイケスの埋葬を手伝うよう誘われるが、女の身で王の命に逆らうことはできないと断る。姉が捕らえられると、クレオンの前で「私も行いに加わった」と言い、共に死のうとするが、アンティゴネは言葉だけの味方は要らないと拒む。イスメネは、クレオンが息子ハイモンの許嫁を殺すのかと問いただす。 (1-99, 531-581)
- 悲劇でのイスメネは兄たちの死後も生きている。ソポクレス『アンティゴネ』では、クレオンの尋問の場面のあとは舞台に戻らない。アイスキュロス『テーバイ攻めの七将』の結末でも、兄たちの死が伝えられたあと、アンティゴネとイスメネの姉妹が嘆きに来ることが告げられる。 (『アンティゴネ』577-581 で退場し、以後登場しない /『七将』861-874。『七将』の結末部には後代の加筆説があるが、その出典箇所は未確認)
- クレオンは、埋葬に手を貸さなかったイスメネは殺さないと言い、アンティゴネだけを人の通わぬ岩の墓に生き埋めにすると決める。 (766-780)
- アンティゴネが一人で埋葬に向かうとき、イスメネは「愚かな道だが、愛する者への愛はまっすぐだ」と言って見送る。 (98-99)
- 関係: child → jocasta (3.5.8(エウリュガネイアの子とする異伝も)/『アンティゴネ』1「同じ母から生まれた妹」)
- 関係: sibling → antigone (『アンティゴネ』1-99 /『コロノスのオイディプス』310-460)
ニオベ
- シピュロス山の「泣くニオベ」の岩は古代の名所だった。ソポクレスのアンティゴネは、つたのように石に覆われ、雨にも雪にも濡れて涙を流すタンタロスの娘に、死にゆく自分をなぞらえる。パウサニアスは実際に山に登って岩を見ており、近くではただの崖だが、離れるとうつむいて泣く女に見える、と書いている。 (『アンティゴネ』823-833 / パウサニアス 1.21.3)
- 関係: child → tantalus (Met. 6.172-173 / 3.5.6 / 『アンティゴネ』824)
ポリュネイケス
- 関係: sibling → antigone (『アンティゴネ』1-99 / 3.5.8)
- 関係: sibling → ismene (3.5.8)
- 関係: nephew_niece → creon (クレオンは母イオカステの兄弟。3.5.7-8。死後、クレオンに埋葬を禁じられる(『アンティゴネ』26-36 / 3.7.1))
テーバイ攻めの七将
- 関係: has_episode → creon (戦後、アルゴス勢の埋葬を禁じる。3.7.1 /『アンティゴネ』)
- 関係: participant → antigone (戦後、兄ポリュネイケスを葬る。3.7.1)
テーバイ
- 関係: advisee → tiresias (テーバイの予言者として王たちに警告する。OT 300-462 /『アンティゴネ』988-1090)
テュデウス
- イスメネ殺し: 前7世紀の詩人ミムネルモスは、イスメネがテオクリュメノスと交わっているところを、アテナにそそのかされたテュデウスが殺したと歌った、とソポクレス『アンティゴネ』の古い梗概は伝える。悲劇では、イスメネは兄たちの死後も生きている。 (ミムネルモス断片21(エドモンズ編)。前6世紀のコリントス式の壺(ルーヴル美術館 E640)にこの場面が描かれるとされるが、壺は未確認)