出典 · 古典期(悲劇・歴史)
饗宴
プラトン · 前4世紀前半 · Symposium
エロスをめぐる対話篇。参照は標準のステファヌス番号による(例 179e-180b)。アキレウスとパトロクロスの関係をめぐる古代の議論が読める数少ない箇所。
この出典が語っていること
アキレウス
- 古典期のアテナイでは二人は恋人として読まれていた。ただし役割の理解は割れており、アイスキュロス(散逸悲劇『ミュルミドネス』)はアキレウスを愛する側としたが、プラトン『饗宴』でパイドロスは「アイスキュロスは馬鹿げたことを言う」と反論し、より若く髭も生えていないアキレウスこそ愛される側だと主張する。 (『饗宴』179e-180b(アイスキュロスへの反論は 180a))
アルケスティス
- プラトン『饗宴』では、神々が彼女の献身に感心して魂を冥界から帰した、とされ、ヘラクレスは出てこない。同じ箇所で、冥界に下っても妻の幻しか見せてもらえなかったオルペウスと対比される。 (179b-d)
カオス
- プラトン『饗宴』では、エロスが最古の神であることの根拠として、ヘシオドスの「カオスの次にガイアとエロス」の一節が引かれ、系譜作家アクシラオスも同じ順序を採ると紹介される。 (178b)
ディオネ
- プラトン『饗宴』でパウサニアスは、アプロディテは二人いると論じる。母なしにウラノスから生まれた年長の「天上の(ウラニア)」アプロディテと、ゼウスとディオネの娘である年少の「万人の(パンデモス)」アプロディテである。ヘシオドスとホメロスの二つの誕生譚を、別人として両立させる解釈。 (180d-e)
エリュシオン
- アキレウスの死後の居場所は出典で食い違う。『オデュッセイア』では冥界にいて、「死者の王であるより、地上で貧しい男の雇われ人でいたい」とオデュッセウスに語る。ピンダロスやプラトン『饗宴』では、至福者の島に送られたとされる。 (『オデュッセイア』11.467-540(489-491)/『オリュンピア祝勝歌』2.79-80 /『饗宴』179e)
- 関係: visited_by → achilles (『オリュンピア祝勝歌』2.79-80 母テティスの願いで至福者の島へ /『饗宴』179e。『オデュッセイア』11.467-540 ではアキレウスは冥界にいる)
エロス
- プラトン『饗宴』でソクラテスが紹介するディオティマの話では、エロスはアプロディテ誕生の祝宴の夜に、ポロス(術策)とペニア(欠乏)のあいだにできた子。だからいつも何かを求めて欠けており、アプロディテの誕生日に宿ったので彼女に仕える、と説明される。同じ対話篇の前半では、ヘシオドスを根拠に「最古の神」とも論じられる。 (178b(最古の神), 203b-c(ポロスとペニアの子))
エウリュディケ
- 古典期の資料では、オルペウスの妻は名前なしで語られる。プラトン『饗宴』も「彼が迎えに来た女」と言うだけで、名前を出さない。「エウリュディケ」という名が文学に現れる最古の例は、前1世紀の『ビオン哀悼歌』とされる。 (『饗宴』179d。『ビオン哀悼歌』(伝モスコス)の該当行は未確認)
マルシュアス
- プラトン『饗宴』では、酔ったアルキビアデスがソクラテスを、中に神々の像を隠したシレノスの像と、サテュロスのマルシュアスにたとえる。マルシュアスが楽器で人を魅了したように、ソクラテスは楽器なしに言葉だけで人を夢中にさせる、という賛辞。 (215a-d(英訳 Perseus 版で確認))
オルペウス
- プラトン『饗宴』では、神々はオルペウスに妻の幻だけを見せて本人は返さず、手ぶらで送り返したとされる。愛のために死ぬ覚悟がなく、生きたまま冥界に入る手を使った臆病者と見なされたからで、最後は女たちの手で殺される。ここにも「振り返る」話は出てこない。 (179d-e)
パトロクロス
- ホメロスは二人を「仲間」と呼ぶだけで、恋愛関係とは書かない。それを明示するのは古典期以降の読みである。 (『イリアス』18.80-82 / 『饗宴』179e-180b)
- プラトン『饗宴』のパイドロスは、パトロクロスこそ「愛する側」でアキレウスが「愛される側」だとし、アキレウスを愛する側としたアイスキュロスを名指しで否定する。古代の内部でも解釈が割れていた。 (180a)
サテュロス
- プラトン『饗宴』で、アルキビアデスはソクラテスを、割ると中に神々の像が入っている職人の店のシレノス像と、サテュロスのマルシュアスにたとえる。マルシュアスが笛で人を魅了したように、ソクラテスは楽器なしに言葉だけで人を夢中にさせる、という賛辞。 (215a-d)