ヘラクレスの柱

地中海から大西洋へ抜ける出口、ジブラルタル海峡の入口に向かい合う二つの岬は、ギリシャの時代に「ヘラクレスの柱」と呼ばれていた。アポロドーロスによれば、西の果てにすむ怪物ゲリュオンの牛を奪いに行く旅の途中、ヘラクレスはヨーロッパとリビア(アフリカ)の境に、旅のしるしとして向かい合う二本の柱を建てた。紀元前5世紀のピンダロスは、競技で勝った人の栄光を「ヘラクレスの柱に届いた」とたたえ、その先へは賢い者も進めない、と詩の中で述べる。柱は、人が行ける世界の果てのしるしだった。英語で Hercules の名が現れるのは1200年ごろで、最初はこの柱を指す言い方の中でだったという。
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