出典 · ヘレニズム期
『イリアス』古註(スコリア)
アレクサンドリア期の学説を伝える写本欄外註 · Scholia to the Iliad
ヴェネツィア A 写本・タウンリー(T)写本などの欄外註。アリスタルコスら古代の校訂者の判断や、本文に無い異伝を伝える。A註・T註のように写本記号で区別する。
この出典が語っていること
ブリセイス
- 「ブリセイス」は「ブリセウスの娘」という父称で、本名をヒッポダメイアとする伝承がある。ディクテュスはペダソスで捕らえられたレレゲス王ブリセスの娘ヒッポダメイアとして語り、『イリアス』の古註も、ホメロスは父称で呼ぶが他の詩人はヒッポダメイアと呼ぶと記す。 (ディクテュス 2.17(リュルネソスとペダソスの陥落、捕虜の名)/ A 写本古註『イリアス』1.392)
クリュセイス
- 「クリュセイス」は「クリュセスの娘」という父称で、本名をアスティノメとする伝承がある。ディクテュスはリュルネソスで捕らえられたクリュセスの娘アスティノメとして語り、『イリアス』の古註も、他の詩人はアスティノメと呼ぶと記す。 (ディクテュス 2.17(リュルネソス陥落とアスティノメ)/ A 写本古註『イリアス』1.392)
ディオメデス
- 『イリアス』10巻ではオデュッセウスと夜の偵察に出て、トロイア方の斥候ドロンを捕らえて情報を得たうえで殺し、寝込みのトラキア勢とその王レソスを討つ。英雄的というより奇襲の話で、この巻を後から入ったものとみる見方は近代に始まったものではない。タウンリー(T)写本の古註は「この歌はホメロスが別に作ったもので『イリアス』の一部ではなく、ペイシストラトスが編入した」と伝えている。 (10.339-579 / T 写本の 10 巻冒頭への古註)
ティトノス
- 縮み続けて最後は蝉(セミ)になった、という続きは讃歌には無い。これを明記するのは『イリアス』の古註で、3.151(トロイアの長老たちを蝉にたとえる直喩)への註が、長い生に疲れ果てたティトノスを女神が蝉に変えたと述べ、ヘラニコスの名を挙げる。11.1 への註も同じ話を伝える。讃歌が「声だけは尽きることなく流れ続ける」と書いていることが、その連想の下地になっている。 (讃歌5(アプロディテ)237-238 が声への言及。『イリアス』D註 3.151 および 11.1(ヘラニコス断片140 Fowler を引く)。ただしヤコービ以来、ヘラニコスが伝えたのは系譜だけで変身譚まで遡らせるのは危ういとする批判がある)