テセウスの船

古くなった部品を一つずつ新しいものに取り替えていき、最後に元の部品が一つも残らなくなったら、それはまだ同じものと言えるのか。哲学でよく知られたこの問いは「テセウスの船」と呼ばれる。もとになった船は実在すると信じられていた。プルタルコスの『テセウス伝』によれば、英雄テセウスが若者たちを連れてクレタ島へ渡り、無事に帰ってきた三十本櫂の船を、アテナイの人々は紀元前4世紀の終わりごろまで保存していた。古い木材を取り外しては新しい丈夫な木材に替えていたため、この船は、成長するものは同じか否かを論じる哲学者たちの格好の例になり、同じ船だと言う者と、もう別の船だと言う者に分かれた、という。プラトンの『パイドン』にも、この船が出てくる。アテナイは、テセウスたちが生きて帰れたらと神アポロンに誓い、その船を毎年デロス島へ送り出していた。船が戻るまでは死刑を行えない決まりで、そのためにソクラテスの処刑が延びたのだという。いまの哲学の百科事典は、外した古い板で別にもう一隻組み立てたら、どちらが元の船か、という形にまで広げて論じている。
ローマ期対比列伝(英雄伝)古典期パイドン近現代スタンフォード哲学百科事典「時間を通じた同一性」
