ギリシャ神話が語源の言葉

コリント式

古代コリントスに残るアポロン神殿の柱。背後に岩山がそびえる。
古代コリントスに残るアポロン神殿の柱。背後に岩山がそびえる。George E. Koronaios(写真)『古代コリントスのアポロン神殿』2018年撮影・CC0

古代ギリシャ建築の柱の様式の一つで、アカンサスの葉を飾った華やかな柱頭が目印。ドリス式・イオニア式より後に生まれ、ヘレニズム時代とローマ時代に栄えた。名前は、シシュポスが開きベレロポンが天馬ペガサスを得た町、コリントスから。起こりについては、ローマの建築家ウィトルウィウスが言い伝えを書き残している。コリントスで、嫁ぐ年ごろの娘が病で亡くなった。乳母は娘が好んだ品を籠に集めて墓へ運び、瓦でふたをした。籠の下にあったアカンサスが春に芽を出し、葉が籠を包んで瓦の角で渦を巻いた。その腕と趣味のよさをアテナイ人にたたえられていた職人が通りかかってこれに目を留め、この形を手本に、コリントスのあたりで新しい様式の柱を建てたという。

近現代デジタル大辞泉近現代旺文社世界史事典 三訂版ローマ期建築書ローマ期ビブリオテーケー(ギリシア神話)古典期祝勝歌集

元になった神話

コリントスギリシャ本土とペロポネソス半島をつなぐ地峡のそばの町。古い名はエピュラで、シシュポスが開いたとされる。ポセイドンとヘリオスが土地を争い、アテナが天馬ペガサスを馴らしてベレロポンに渡した町。メデイアとイアソンの悲劇の舞台で、メデイアの子らはコリントス人に殺されたとする伝えも残る。