出典 · 中世以降
トロイア戦争日誌
ディクテュス・クレテンシス(偽) · 4世紀(ラテン語版) · Ephemeris belli Troiani
「従軍者の記録」を装った散文。中世ヨーロッパのトロイア物語の主要な典拠。
日本語訳: 岡三郎訳『ディクテュスとダーレスのトロイア戦争物語』国文社(トロイア叢書1)、2001
この出典が語っていること
ブリセイス
- 「ブリセイス」は「ブリセウスの娘」という父称で、本名をヒッポダメイアとする伝承がある。ディクテュスはペダソスで捕らえられたレレゲス王ブリセスの娘ヒッポダメイアとして語り、『イリアス』の古註も、ホメロスは父称で呼ぶが他の詩人はヒッポダメイアと呼ぶと記す。 (ディクテュス 2.17(リュルネソスとペダソスの陥落、捕虜の名)/ A 写本古註『イリアス』1.392)
クリュセイス
- 「クリュセイス」は「クリュセスの娘」という父称で、本名をアスティノメとする伝承がある。ディクテュスはリュルネソスで捕らえられたクリュセスの娘アスティノメとして語り、『イリアス』の古註も、他の詩人はアスティノメと呼ぶと記す。 (ディクテュス 2.17(リュルネソス陥落とアスティノメ)/ A 写本古註『イリアス』1.392)
ポリュクセネ
- アキレウスがポリュクセネに恋し、その縁談の席で待ち伏せされて殺された、という恋物語の筋は後代のもの。中世ヨーロッパのトロイア物語の主要な典拠となったダレスとディクテュスに見られ、アキレウスの死の説明として広まった。 (ダレス 27(ヘクトルの命日にポリュクセネを見て恋に落ちる)、34(アポロン・テュンブライオスの神殿での待ち伏せと死)。ディクテュスにも同系の筋がある)