出典 · ヘレニズム期
『オデュッセイア』古註(スコリア)
アレクサンドリア期の学説を伝える写本欄外註 · Scholia to the Odyssey
ディンドルフ編 Scholia Graeca in Homeri Odysseam(Oxford, 1855)等に集成される写本欄外註。アリスタルコスやビュザンティオンのアリストパネスの校訂判断(排斥・作品の終わりの認定)を伝える。
この出典が語っていること
冥界訪問(ネキュイア)
- 後半のミノス、オリオン、ティテュオス、タンタロス、シシュポス、ヘラクレスを見る箇所(11.568-627)は、古代から後代の挿入ではないかと疑われてきた。ここだけ「呼び出した霊と語る」形式から「冥界の光景を見る」形式に変わる。アレクサンドリアのアリスタルコスがこの部分を排したと古註は伝え、キルヒホフ、ヴィラモーヴィッツ、ペイジら近代の分離派も挿入とみた。 (アリスタルコスの排斥は『オデュッセイア』古註(Dindorf, Scholia Graeca in Homeri Odysseam, II 520f.)が伝える。理由は、オデュッセウスの立つ位置から冥界の内部が見えるはずがないこと、ミノスが死者の訴えを裁くのは11.49 と合わないこと。近代の挿入説は D. L. Page, The Homeric Odyssey (Oxford, 1955) p.40 ほか。註の現物は未確認で、Rosetta 12 (2012) の Gazis 論文が示す参照に拠る)
- 第24歌の冒頭(24.1-204)にも死者の場面があり、「第二のネキュイア」と呼ばれる。求婚者たちの霊がヘルメスに導かれ、アキレウスやアガメムノンと語る。古代の校訂者アリストパネスとアリスタルコスは23.296 を『オデュッセイア』の「終わり」としており、それ以降の真作性は古代から議論されてきた。 (24.1-204。『オデュッセイア』23.296 への古註(MV写本「アリストパネスとアリスタルコスはここを『オデュッセイア』の終わり(πέρας)とする」、HMQ写本も同趣旨)。近代の整理は Heubeck, A Commentary on Homer's Odyssey vol. III(Oxford, 1992)の第23-24歌の部。古註本文は二次引用でしか確認できていない)